返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

思うこと。

スピリチュアルな生き方
ってなんでしょうね?

何をもってスピリチュアルとするか?
というのはありますが、
スピリチュアルなものを、
特別なものと思わないほうがいいです。

だいたい、スピリチュアルな生き方なんて、
日常そのものと思いますから。

いまココにいる自分のすることを、
しっかりとすること。

自分で決めたすべきこと、
目の前にあるすべきこと、
やりたいと思うこと、
楽しいと思うこと、
それを一生懸命すること。

どんな物事でも、
いまココの目の前にあることに対して、
力をかけること。

ただそれだけが、
スピリチュアルな生き方
そのものではないでしょうか?

自分に偽ってたってよく、
偽っている自分がいることに
気がつくことだって
大事なことだし、

自分に正直に生きた結果、
周りとぶつかっては
気がつくことだって
大事なことです。

好きなことをして
人生を謳歌することも
素敵なことですが、
好きなことが十分にできなくて、
苦労する期間があるのも、
立派な学びになっています。

逃げずに、どっしり構えて
取り組んでみれば、
自ずと道が開けてきたりするものです。

目の前のことにただ行動する。

それがスピリチュアルな生き方
なんだろうと、私は思います。

見えない力を手に入れることが
スピリチュアルなことではなく、
それをどのように役立てるか?
のほうがもっと大事なのです。

生まれながらにして
見えない力を備わっている人は、
それぞれの苦労があり、
目の前の人生をどのようにして
生きるかと苦心されたでことしょう。

そういう方は、
その苦労を通って、今があり、
人の苦しみが理解でき、
愛とは何か?を体現するのでしょうね。
それがお役目だからです。

後天的に、
見えない力を手に入れたとして、
自分が神になったと思いこんでしまう
場合もあります。
そういう生き方も、
スピリチュアルな生き方といえます。
神になったと勘違いした自分に気がつけば。

要は、目の前の、いまココの状況にあって、
いかに対応していくか?
そして、そこで、いかに気づきを得て、
次のステップにつなげていくことができるか?
がスピリチュアルな生き方
ではないかと思います。

ほら、こうして考えると、
人生トライ・アンド・エラー
だったりするわけで、
日常の生活そのもの
とは思いませんか?