返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

妄想

お主の中にも深い闇がある。
もう気づいているだろう。

軽くなれば、軽くなろうとするほど、
光に向かえば、向かおうろするほど、
闇の深さに気付かされるだろう。

光が強ければ強いほど、
闇もそれに呼応して、深く表れる。

お主は、多くの者達を導く立場にあった。
それは、過去に幾度もあった。

お主は、そのとき、誤った道を指し示してしまった。
時流を誤って、皆を陥れてしまうことになった。
そうなった結果に、誰もお主のことは恨んではおらぬ。

また、時には、お主は、お主の教え子たちに、
裏切られる、欺かれることもあった。
そうなった結果に対して、お主は誰も恨んではおらぬ。

だが、お主には、後悔の念がくすぶっているのう。

過去に犯してしまったであろう過ちが、
お主の記憶の片隅にこびりついていて、
お主はそれを恐怖に思うのだろう。

それ故、未だ、指導をする立場、
いわゆる先生と呼ばれる者に対して、
厳しい目を持ってしまうことがある。
彼ら、彼女らが、間違った道に導くことを嫌い、
彼ら、彼女らが発する軽率な言動に、
注意が向いてしまうのだ。

彼ら、彼女らも人間。人間は、過ちを犯す者だ。
彼ら、彼女らを許すことは、自分をも許すことぞ。
過去の不甲斐ないと思う自分を、もう許せよ。

お主は、導くことを止めて、
一人静かに、自分と向き合い、
自分を掘り下げていく時代を過ごしてきたであろう。
そこで、何かを掴んでいるであろう。

それらを踏まえての今回の生。

人を導こうなんて、思わなくてもよい。
お主の許へくれば、道が開けるだなんて、言わなくてもよい。

ただ、お主の許に集まってくる者達と共にあり、
各々方を活かす道を共に探ればよい。

今は、種を蒔きつつも、自分の力をためていくとき。
試行錯誤しつつ、自身が学ぶとき。
今のうちに、精進しておくがよい。
人生は、短いようで長く、長いようで短い。
焦らずともよいのだ。

いずれ、お主が必要とされる時がくる。
今は研鑽を積め。