返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

ある一コマ。

あるお話。

 

ある人に、最大限に思い量ってコメントしたことに対して、返ってきた言葉が、辛辣なものでした。友人は、怒りを覚えたでしょうし、悲しみも湧いたことでしょう。

ある人は、きっと、単純に「おめでとう」の祝福の言葉のみが欲しかっただけなのかもしれません。つまり、ただただ、自分の喜びを伝えて、承認して欲しかっただけかもしれません。

 

友人の抱いたであろう感情。怒りを覚えたり、悲しみが湧いたりしたって、全然かまわないのです。それを悪い感情と判断して、押し殺すほうがよくないですね。そういう感情が湧いてきたんだよね~自分。って感じで、自分はそう思ったんだよね。そうなんだよね。と認めてあげるのがいいみたいです。

 

さて、ある人と友人との相性は、エネルギーの合わない相性だったことも考えられます(あくまでも、私から見てですが・・・)。そして、友人はお優しい人柄ですから、エネルギーが合わない、話がかみ合わない、理解しがたいところがあるなどの違和感を、どことなく覚えながらも、ある一つの仲間意識として、気にかけてコメントしたのかもしれません。

 

やはり、エネルギーの合わない人とは、ある一定の距離をもって接するほうがお互いにとって無難なのでしょうか。すべては一つであったとしても、グループというものは存在するでしょうから、一見、一緒に集った仲間と思えるような存在であったとしても、実はグループが違っていて、相手のエリアに踏み込んでいい場合と、ダメな場合があるのでしょうね。

 

ですが、世の中には、そんなの関係なく、ズケズケと踏み込んでいき、いずれ仲良くなってしまう人もいますよね。こういう人とは何が違うのでしょうか。ハートの開き具合なのでしょうかね。ハートを大きく開いている人は、多少のことは大きなハートの愛で包んでしまうのでしょうかね。そして、それがいずれ相手のハートも開いてしまう。そういったことができるのかもしれませんね。

 

ところで、友人は、ある人のことを、思考が強く、感情が前面に出てくるタイプと評していました。これは、どういったことを表現しているのでしょうか。

私の解釈ですが、自分がブレ始めたときにおいて、自分が考えていること以外は受け付けない。自分が考えていること以外のことを受け入れるときは、自分が心酔する人に限る。自分の考えを否定する者は断じて許さない。自分の考えていることと違うことを発する者に対しては見下げてしまう。自分の考えのほとんどは間違ったものではない。といったところでしょうかね。

 

こういった人に対しても、自分のハートが大きく開いていれば、違う対応ができて、違う反応があったのでしょうかね。なってみないと分からないですね(笑)。

 

さてさて、今回の件が写し鏡だとすると、自分の中にも、そういったことがあって、同じよう反応を別の誰かに対してしていないだろうか。ということがあり得ますね。

面倒ですが、今回の件をキッカケにして、自分の中を探ってみると、見えてくるものがあるかもしれません。

 

そうはいっても、今回のこのお話は、私にとっても戒めなのですが・・・。

 

今日もお読みいただきまして、ありがとうございます。