返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

軽やかに。

軽やかに飛び越えていく。

 

目の前に立ちはだかる壁のようなもの。

それは、越えられるものを超えられるタイミングでやってきます。

その壁のようなものをどのように飛び越えるかは、それぞれのセンスなんです。

 

例えば、今まで、大事に抱えてきたものを捨てて飛び越えるということもあるでしょうし、今まで当然と思ってきたことを、視点を変えて飛び越えるということもあるでしょうし、もちろん、今までのやり方、考え方を、ちょっとだけ手直しして飛び越えることだってあるのだろうと思います。飛び越え方に正解はありません。どれが最も軽やかに飛び越えられるか、ただそれだけです。

 

もし、壁のようなものが超えられなかったとした場合、逃げたって大丈夫です。それが必要な壁なら、もう一度、別の形でやってくるだけです。

一方で、壁のようなものが超えられなかったとしても、それは、その先には道がありませんというお知らせの場合もあります。例えば、体調に現れて気づかされるとかね。

 


さてさて、意外かもしれませんが、今まで、「大事に抱えてきたものを捨てて飛び越える」というのは、男性には難しいかもしれません。特に昭和の観念が染みついている男性。

なぜでしょう。それは、「男の自分が家族全員を支えなきゃ。」とか、「ここで辞めたら男が廃る。」とか、「男だったら、根性で乗り切らなきゃならぬ。」とか、そういった昭和の観念、それが男のプライドだって思っているからかもしれません。

それでも、いいんです。それでうまく回っていくのなら。それで飛び越えられるのなら。

 

そうでない人は、その観念、プライドを全部捨てたっていいんです。

これからは女性性の時代、女性の時代とか言われているのですから、男性一人だけが無理に頑張らなくったって、女性に堂々と食わせていただいたっていいのです。甘えたっていいのです。でも、家庭内、パートナー間でやるべきことはやりましょう。

 

というか、折角パートナーどうしになったのですから、パートナーが互いに一人一人ができることを考えて、あらゆる事に対応していけるようなパートナーシップを気づければ、そんな素敵なことはないとは思いませんか。

 

パートナーが互いに依存し合うのではなく(時にはOKだと思います)、できる人ができることをやっていく。そういう関係を家族の中から作っていけば、それが仲間内、地域、社会に広がっていくのかもしれません。

 

旦那の稼ぎが悪い。旦那がああしろこうしろとうるさい。旦那が何もしない。。。

嫁がぐちぐちねちねちうるさい。嫁が。。。などなど、不満はそれなりにあるでしょう。

そうかもしれませんが、それならなぜ、いつまでも一緒にいるのでしょうか。お金のためですか。それが幸せですか。幸せでないのなら、さっさと別れたっていいのです。

 

おやおや、そんなこと書いてたら、ふと、身の回りに離婚者が多いことに気が付きました。

一緒にいられないのなら、不自由ではない、自由を選択する。法律上のことはともかく、それだってありなんですね。

その人たちは、みんな光って見えます。生活苦かどうかはまではわかりませんけどね(笑)。

 

そんなことだって、軽やかに飛び越えていけばいんですよね。


久しぶりの投稿。お読みいただきありがとうございます。