返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

子どもと遊ぶこと。

子供と遊ぶのは、ハートを開く事と同義なり。

と言ってみたのですが、子どもと遊ぼうと思ったら、やはり、ハートが開いていないと遊べません。というか、遊びに、ちゃんと付き合おうとすると、ハートを開かざるを得ません。

これは、他人の子どもと遊ぶときのことです。もちろん、相手の親が、OKしていることが前提です。

子どもとちゃんと遊ぶとき、ハートを開いた状態の一つの形として、「アホちゃうか?」と自分でも思うような状態、他の大人から見たら、「バカだろ?」と思われるような状態になったりします。
誤解のないように予め断っておくと、子どもがアホといっているのではありません。

さて、この状態のとき、子どもと全力で遊べたりします。しかも、結構楽しく。なぜでしょうか?

それは、こっち側が、こっちは大人だぞ!という姿勢でいないからです。子どもの遊んで遊んで攻撃をこっち側が受け入れる状態であれば、子どもと楽しく遊べるのです。もちろん、ダメな遊びに入りそうになったら、やんわりとダメといいますよ。

子どもと遊んで、家に帰ってくると、楽しさの余韻に隠れて、疲労感も感じるものです。いい意味の疲労感ですけどね。

子どもと、ハートを開いた状態で遊ぶとき、知らず知らずのうちにかぶってるいつもの仮面が外れます。ですから、自分も素の自分でいることになりますね。

つまり、ハートを開くというのは、素の自分に戻るといえることにもなりそうですね。

今日もお読み頂き、ありがとうございました。