返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

自分を全うすると。

山は是山、水は是水。

山の本質は、山であり、水の本質は水である。
山はありのままの山であり、水はありのままの水である。

人の本質は人であり、各人の本質は各人の本質であり、各人はありのままの各人である。

なんのこっちゃ?ということですが、
あなたはあなたの人生を生き、その場、その場の役割を淡々と全うし、その役割が終わったら、次が来る。

その間に、仲間と思っていた人に裏切られることもあるだろうし、
師と仰いでいた人に梯子を外されることもあるだろうし、
教え子と思っていた人に煮え湯を呑まされることもあるかもしれない。

愛する者との今生の別れもあるだろうし、
大災害に巻き込まれることもあるだろうし、
不慮の事故に遭遇するかもしれない。

人生には、悲しいことも、辛いことも、腹立たしいことも起こる。それでも、淡々と、淡々と、毎日を丁寧に生きていくうちに、その繰り返しの間に、やがて死期を迎え、この世を去っていく。

この世に生を受けて、この世を去るまで、何を残してきたか、何を成し遂げたのか、ということには、大きな意味を持たない。

それよりも、どれだけ精神的な成長できたか、自分とどれだけ真摯に向き合えたか、どれだけ物事に真剣に取り組めたかのほうに重きがある。

結果というものは、自分を全うしていくうちに、自分の行動に伴って、勝手についてくるものだ。

新しい何かを始めるときには、怖さや、恐れがつきまとうものではある。
書いている本人も未だにそうである。

上手く運ばなかったのは、何かが違っただけ。
何かを始めるにも、時期がある。
諦めずにいれば、フッとしたときに、頭に浮かぶ時がある。好機は巡ってくる。

それは、お風呂に入っているときかもしれないし、トイレに入っているときかもしれない。
車窓から流れていく景色を眺めているときかもしれないし、寝そべって、ボーっと空を眺めているときかもしれない。

そのときがやってきたら、抵抗せずに受け入れて、委ねてみる。そうすると、突き動かされるように、行動することになる。行動のスピードは、遅くても、速くても、どっちだっていい。
行動することを決心すれば、もうその流れに乗っているから。

と私は思う。

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今日もお読み頂き、ありがとうございました。