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返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

おおやけ

「子供らは、解決する能力を十分に持っているか?」

という問いに対し、

「そのためには、ある程度の知育が必要である。」

という回答がありました。

 

ところで、「知育」とは具体的にはどんな意味なのでしょうか?

教育関係に携わってる方々にはご存じでしょうが、「知育」という用語で検索してみました。すると、知育玩具、知育アプリ、知育ゲームなどが多数出てきました。

知育を行うツールはいろいろとあるようですね。

 

「知育」について、あるサイトによれば、

知育とは思考力、発想力、連想力、創造力など考える力を育成・教育するという意。

とのことでした。

 

確かに、思考力、発想力、連想力、創造力などの考える力が育成されていれば、子供らが、ある課題にぶつかったとき、子供達だけで、その課題を解決できそうですね。

個々の子供らが、思考力、発想力、連想力、創造力など考える力を備えた時、ある課題を解決するために、学習して得た知識を、どのように使うかという知恵に変えて、多種多様なアイデアを創出するのでしょう。

 

当然、教育環境も、生い立ちも、千差万別ですから、全ての子供らが均等に知育されるものではないのでしょうね。また、知育したからといって、全員が考える力を十分に発揮するか、または十分に兼ね備えるかは個性によるかもしれませんね。個々の力でできなくたって、その場合は、子供らのグループ全体として力を合わせて、思考力、発想力、連想力、創造力などの考える力を発揮すればいいのかもしれません。

 

子供らが、課題を解決するために、個人の視点や、仲間内だけの視点でなく、自分たちの考えの及ぶ範囲の全体を俯瞰した視点を持ってアイデアを選択したとき、最良の結果を生み出すことになるのでしょうね。

 

大人のグループであっても、個人だけ、仲間内だけの論理ではなく、グループ全員の考えの及ぶ最大限の範囲まで広げた全体を俯瞰した視点で、出し合ったアイデアまとめて、得意な人が得意な分野を実行することができれば、いろいろな課題に対して、たとえ失敗したとしても、みんなで乗り越えていこうか!という雰囲気が生まれるかもしれません。

 

さて、学校の部活で発せられる音声を騒音に感じた住人が苦情を入れた結果、声だし禁止、朝練禁止などの処置をしている学校があるそう。

色々と事情はあるのでしょうが、それはさておき、大人社会が、個人の権利のみを主張するのではなく、その地域や、日本全体の子供を育んでいることや、自分たちも子供時代があったのでお互いさま、という俯瞰した視点に立ってみることができれば、苦情を入れるという行為にまでは至らなかったかもしれませんね。

 

今日もお読みいただき、ありがとうございました。