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返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

技術の進歩とは?

ちょっと前に、ある大学が、学内の研究者が「安全保障技術研究推進制度」に申請することを禁止する方針を決めた、という内容のニュースをみました。

このニュースをみて、そういう制度があることを初めて知りました。と同時に、禁止する学校もあるし、推進する学校もあるわなぁ、くらいにしか思いませんでした。今でも、どっちが正しいかなんてわかりません。

↓これです。

 防衛省・自衛隊:安全保障技術研究推進制度(競争的資金制度)

 

ちょっと時間が経ってしまったので、内容が正確ではありませんが、とあるイベントで、戦争は必要悪で、戦争があるから技術が格段に進歩する、我々が普段の生活で受けている技術の恩恵もしかりだという内容の意見がある一方で、技術の進歩は、戦争によらずとも進歩する。戦争が無い世界であっても、地球より格段に進歩した世界がある。例えば、宇宙人アミの世界を目指すべきだろうという内容の意見がでました。

 

この現実世界では、軍事のための技術研究というのは、国を如何にして守るかという一側面として必要なことなんだろうと思います。その実は、私たちの知らないところで、かなり進んだ研究もなされていることだろうと思います。

 

しかし、軍事のための技術研究というのは、国を守るためであったとしても、広い意味で、敵、味方関係なく、誰かの肉体(内面も含めて)を傷つけるものであることにはなるものも含まれると思います。だから、どんなに研究が進んで、どんなに技術が進歩したとしても、進歩した技術を活用した武器を使用する必要が無ければ、使用しなくて済む世界が来ることを願うばかりです。そして、少なくとも武器を使用する必要の無い世界が続いている世界は、その世界が続くことを求めるばかりです。

 

誤解の無いように言っておきますと、いまのこの世界で、軍事のための技術研究を止めるべきと言いたいのではありません。むしろ研究は進めたほうが良いと思っています。研究することで、技術面だけでなく、多方面にわたって分かることも多いと思うからです。

 

ただし、軍事のための技術研究が進んだとしても、それを応用した民生技術が格段に進歩したとしても、軍事技術の研究の推進を声高に叫んでみても、技術立国といってみても、技術の進歩というのは、紙一重であり、私たちの生活の役に立つものが生まれる一方で、極めて害になるものが発生することでもあります。害になることが分かったら、改良等が加えられることもありますが、人間がコントロールできない技術も生まれるわけです。また、悪用もされ得るわけです。

 

つまり、研究の成果として得た技術をどう扱うかというのは、研究者だけでなく、その技術を直接的、間接的に利用しようとする者、さらには、私たちすべての人の倫理観が問われることであると思います。倫理観というのは、大衆迎合でなく、私たち一人ひとりの中の良心にゆだねられているものではなかろうかと思います。

私たちには、先人たちが培ってきた、人類の叡智があるはずです。その叡智をどう生かしていくのか、それは、私たちの精神性がどれだけ高められるかということに繋がるにではないだろうかと思います。

 

結局のところ、技術がどんなに進歩しようとも、普段から、人としての生き方はどうあるべきなのか?というところに帰結するのかもしれませんね。

 

最後まで、硬いお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。