返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

Freedom

自由になりたい。
って思うよね。何から自由になりたいのかは人それぞれだけど。

身の回りからの強い同調圧力
みんなと同じでなければならぬとかね。

みんなと同じである必要ないよね?って思いつつも、みんなと同じにしとけば無難という意識も働く。ってことはない?

自由にできないことの原因は何か?
その答えを教育に求めたり、社会に求めたり、誰かのせいにしたりする。

でも、その答えって正しいの?
みんな社会生活しているのだから、社会秩序のために、ある程度の制限は受けているさ。

その中にあって、自由を見いだす。
自由にしないのは誰かのせいではなく、自分のせいだよ。

誰からの制限を受けず、誰からの干渉を受けず、自由に生きる。
自由を手に入れようとすることは、自分で選択できるはず。

自由に生きる。
自由に生きるとは、心のままに生きようとすること。
心のままに生きようとすれば、自分でこしらえた幻想の安全という柵から飛び出して生きることになる

この柵は、自分をジャッジしている柵でもあるの。
だって、その柵を超えれば、自分でつくった自分でなくなるから。

でもね、この柵の向こうには、本当の意味での自由がある。本当の意味でのあなた自身がある。
本当の意味での自分を知るのは怖いよね。だって、未知の世界だから。
その代わり、その自由をつかむと、自分の知らない自分が顔を出してくる。隠れている才能や、可能性という顔。

そしてね、自由に生きると、人の世界で生きていくための自分を律するという別の次元の制限が生まれるくるのね。
本当に自分を知ってしまえば、自分を律することも自在になる。自由で生きることは、本当は怖いことではないんだ。
むしろ、楽しくて仕方がない世界。

その前に超えるべき強力な柵がある。
超える覚悟ができらなら、さっさと、その柵を超えてしまえばよいのだよ!