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返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

Common Sense

常識を疑うとは、使う古された言葉。

うちのねこさん、いわゆるウェットフードも好きなんですが、そーめん、うどん、トウモロコシ、かぼちゃ、サツマイモ、せんべいがお好きなようで、刺身には見向きもせず、えびのしっぽに至っては、遊び道具と化して、転がしてしまう始末。

マーキングが始まったときも、ネットのよくある情報と違い、偉大な獣医さんの話を聞いて、マーキングと気づいた始末。

さて、常識って何だろう?
デジタル大辞泉によれば、一般の社会人が共通に持つ、また持つべき普通の知識・意見、判断力の意とのこと。

この定義が曖昧ではないか!「一般の」とか、「普通の」とか、一般って何だ? 普通って何だ?とかなってくる。だいたい、世代でも、地域でも、時代でも、「常識」とされるものは変わってくるでしょ?

ある時は、常識とされる範囲内に収まっていることもよいが、何かブレークスルーが必要なときは、常識とされるものをぶち破ることも大切だったりする。

多くの場合、親は子供に自分の常識の範囲内に囲い込もうとする。子供が心配だからね。
でもね、ある程度大きくなったら、子供は、親の器を飛び出すものだよ。いつまでも、親の器を超えないほうが返って心配ではないかい?
それとも、あなたの子育ては、そんなにも自信が無かったのかい?

常識は、その環境下に暮らす者の間で、うまく回していくために、なんとなく作ってきた習慣であったりする。

なら、新しい時代の君たちが、新しい常識を創ればよいではないかい!
あなたの子供たちが、そんなことできたら、誇らしいでしょ。