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返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

Attack

批判するのは、それはそれで構わないと思う。

 

でも、なぜ、人格を否定する程度にまで、批判する必要があるのだろうか?

その批判は、ただ毛嫌いしているだけかもしれない。

あなたの批判している対象も、あなたと同じように批判しているかもしれない。

さらに、その批判を見ている第3者は、あなたと同じように批判好きな人以外は、面白いと思わないかもしれない。

そして、そこに集まってくる人は、同じような人しか集まってこないかもしれない。批判する対象となる相手は、足蹴にしてもいいと思っている人しかいないかもしれない。行き着く先は、批判して、不満をぶちまけて終わり、という集団が出来上がるだけかもしれない。面白がって、その批判で相手を貶めたつもりでも、自分の足も引っ張られているかもしれない。

 

このような集団に対して、多くの人々からは、支持は得られないかもしれない。一時的に支持が得られたとしても、いつまでも、ついてくる人は少ないかもしれない。

一時的に、そこに足を止めても、多くの人は、いつまでも、その場所にとどまっていないと思う。だって、一時の憂さ晴らしかもしれないでしょ?

 

ついてくる人が少ないのは、少ないなりの理由が、きっとある。

批判するだけでは、何も生まれない。

批判して気が済んだら、その後、どのようにしたら、うまいこと運ぶの?ということを

みんなで考えるようにしてみたらどうだろうか?