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返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

一抜けた。

僻んだり、拗ねたり、いじけたりするのって、どこからくるの?

なんで、そういう行動をとるのか?
それは、構ってほしいから。
それは、愛情が不足しているから。
それは、存在を認めてほしいから。

でもね、そういう態度をとってても、一時的に貰えるだけで、ずっとは与えて貰えないんだよ。そういうパターンで居続けると、いつかは愛想を尽かされるんだ。もう、そんなドラマの中に浸っているのは止めようよ。
与えてくれる人と、住む世界が変わってくるかもね。

そうしているうちに、見放されたと勝手に思うようになる。もう、そんな重苦しいエネルギーは、不要なんだけどね。

そういうことに気づいてほしいから、一時的に与えてくれるだけなんだよ。その間に、そこから抜け出して、今までのパターンを打ち破るのを待っているんだよ。

もう、時代は舵を切っていると聞く。それなら、自分で気がついて、軽やかな波に乗っかろうよ。きっと、そのほうが楽しいはずだよ。

そうはいっても、もし、いつまでも与えているのなら、それは、与えているほうも、依存させたい、という欲求が潜んでいるかもしれないんだよね。

または、与えているほうも、寂しさを感じているのかもしれないよね。

とにかく、自分をもっと、深く知ることだ。
自分と向き合うことは辛いけど、必要な時に、必要なだけ掘り下げておくと、きっと、世界観が変わってくる。

いま、もしつらかったとしても、軽やかに過ごして行くために、ここで匙投げずに、踏ん張りどころなんだ。と思う。

今日もお付き合い頂き、ありがとうございました。

モヤモヤしてること。

スッキリしないこと。

どういったらいいか。

何を要求しているか分かってしまうのだけど。
要求どおりにすべきか否か。

要求どおりにすれば、それで切れる気もする。
だけど、要求の一部で済ませるのもありだよな。
でも、その場合は、お互いにスッキリしないかも。

単に、こっちが過剰に反応しているのか。
向こうが無言の、というか端々に、でもハッキリわかるように表しているのか。向こうが勝手なのか。

こんなこと考えることじたい、エネルギーを奪われているのか。コントロールされているのか。

何を言わんとしているのか分からないですね。

とりあえず、このままではダメだなということなんです。

今日もお付き合い頂き、ありがとうございます。

イベント

自分のイベントにどうしても来てほしいなんて思ってないんだな。開催するイベントが赤字でも構わない。そりゃ、黒字のほうがいいに決まってる。
でも、その人が今の時点で本当に大事にしているものがあるのなら、純粋にそれを大事にしてほしいと思う。それでその人の未来が開けるなら、嬉しいことはない。

自分が、相手に何かしてあげようなんて、おこがましすぎる。だから、自分で気づけるイベントを開催したいと思った。自分のイベントに来てくれるなら、例え一人なったにとしても、その人を大事にしたいと思う。

こんなこと言ってて、馬鹿じゃないか?と思われたっていい。みんな自分たちにとって最も大事なんだと思うことを優先したらよい。それがその人にとっての幸せになるのなら、喜んで応援する。

儲けは、その後の話でいいと思ってる。
ビジネスなんだから、損益分岐点とか考えろよ!
とか聞こえてそうだが、とりあえず、イベントが開催できるのが嬉しい。それに、参加できなくても、参加できません旨のメッセージを直接頂いたことが嬉しい。

もし、好評だったら、2回目以降も開催したいと思っている。

今日もお読みいただき、ありがとうございます!

「X」その2

「We are X」見に行ってしまいました。
なぜかというと、近所の映画館では、今月いっぱいまでだったから。

ちなみに、私はXのファンではありません。映画を見てもファンには至りません(笑)

それでも、映画は、最後まで飽きること無く、あっという間に終わってしまいました。私にとっては面白かったです。

表現者というものは、心の奥底から沸き上がってくる叫びというか、魂のレベルからそうしたい、そうするしかないというか、なんとも言えないパワーを発するのですね。
そして、表現者が発したパワーを受け取った聴衆は
それをまた表現者に返していくから、表現者は、外からもパワーを得て、さらに大きなものを伝えて行くのですね。
いやいやスゴイです。

それと、グループで一つのものを作り上げて表現していくというのは、結束の固さがやはり大事なことですね。自分たちが、いまもっている力を出し合い、ぶつけ合い、話し合い、聞き合い、それでやっと、メンバーの納得できる表現に達するのでしょうね。

もう一つ、純粋にどうしてもやりたいと思うことを持てること、それが継続できるって幸せなことなんだなと改めて思いました。

ファンがこの映画を見たら、また違ったものになるのでしょうね。

映画の帰り道、カラオケ寄って、Xの曲を歌ってみましたが、ハイトーン過ぎで、まともに歌えませんでした。やっぱり、アーティストは凄いですね。

とりとめの無い中味でしたが、今日もお読みいただき、ありがとうございました。

「X」

「X-JAPAN」ご存じの方多いですよね。

 

Xが流行っていたころ、カラオケに行っても、身の周りでXを歌う人がいなかったこともあったせいか、私はあまり興味がなかったのですね。もちろん、Xは知ってましたし、ドラムすげぇな~、とか、普通に思っていました。いつだったか、紅白にも出てたようにも思います。

 

それで、つい先日、カラオケで、流れでXの曲を1曲歌うことになって、歌えるかなと思って選曲してみたものの、曲をうろ覚えだったために、まともに歌えず、結局途中で止めてしまい、最後まで歌わなかったのです。

 

今日は、髪をカットしに、いつもの美容師さんのところで出かけて行きました。そしたら、Xの話になり、美容師さんは、昔々、Xのファンクラブ会員だったのだそう。当時、Xのライブにも結構行ったそうです。それで、いま公開している映画「We are X」を見にいき、映画を見ては涙したそうです。

 

つい先日、カラオケでXに触れる機会があった矢先に、すぐにXの話題がやってくるなんて、うまいことできているなぁと思いました。

 

さて、帰ってきて、Xの有名な曲をYOUTUBE見ながら歌っていたのですが、TOSHI(いまはToshlというんですね)歌声がハイトーンですごい!というのもあるけど、それ以上に、歌っている歌声の勢いというか、気持ちの入り方というか、歌詞の一言一言に込められた力というか、プロっていうのはひと味もふた味も違うなぁ、何かが伝わる歌っていうのはこういうことをいうのかなぁ、と思ったのでした。

 

そして、歌だけでなく、上手いか、下手かではなく、パッションを持って生きることが大切なんだなと思うのと同時に、これが足りていないのだとも思ったのでした。

これって、上手いか、下手を基準にしていることの裏返しか?とも思いました。

 

というわけで、どこまで行っても未熟者の私です。

 

今日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

思いこみか。聞いていないのか。

すれ違い。

相手に伝えているつもりでも、全部伝わってなくて、半分くらいしか伝わっていない。
残りは、伝えられた人の想像。

だって、相手は相手のフィルターを通して、こっちを見ているから。

だから、よく話するしかない。相手の言い分を聞こうとするしかない。対話するしかない。それですりあわせるしかない。

「そんな話聞いてない。」
支障をきたす範囲だったなら、とても憤りを感じるだろう。それほどでもなかったら・・・。

いずれにしても、そのときに、どう対応するのか。それが問われるよね。
感情をぶつけるのも手だけど、相手と対立を生むかもしれない。
一方で、感情をぶつけたことでわかりあえることもある。
対立を避けて、黙ってるのも鬱積してしまうし、黙ってるいるうちに、時が解決することもある。

どう対応するのがベストか?
その答えは外には無いし、外の答えを採用したところで、ベストかどうかは分からない。

外の答えと自分の答えが一致することもあるかもしれないだろ?
そうだね。でもね、その答えは、結局は、自分の中にあった答えなんだよね。

すれ違いをどう埋めるのかも自分で見つけることなんだね。
そもそも、何故すれ違ったのかを観察することも大事なんだよね。

周りに目を向ける。

仕事の帰り、駅ビル入り口に、男性の長蛇の列。
こんな時間に、こんなところで、男性が何の用?
と、近づいてみると、スイーツらしきものを売っているではないか?

人気店なんだね~。と呑気に横を通り過ぎていくと、「3.14 white day」なる表記が目に飛び込んでくる。

お~。ホワイトデイか~。世の男性諸君は、こんな時間に買い物とは大変だな~。とそれでも呑気に家路に向かう。

3月14日。もう3月も半ばなんですね~。そういえば、近所の植木の花も咲き始めているし、じきに桜も開花しますね~。

忙しさに負けず、周りに目を向けて、さらに感性を高めたいと思った夜なのでした。

今日もお読み頂き、ありがとうございました。