返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

つれづれなるままに3

飲みニュケーションについて、日本生命保険が調査した結果が、ニュース記事ででていました

必要と答えている人は男性で60%超、女性で50%超のようです。年代が上がるにつれ、必要と回答する方が多いようです。

最近は、職場の人と、「敢えて」飲みに行くことは、ほぼ皆無となりましたが(私は)、若い頃は、先輩によく連れて行ってもらい、奢ってもらったりもしました。

奢ってもらうのは多少気が引けましたが、当時、オレ達も先輩たちに奢って貰ってきたから、順繰りだ!みたいなことを言っていましたね。

当時は、先輩に、仕事上の愚痴とか、会社の不満とか、ぶつけてたように思います(もちろん言える人にです。)。それで、諭されたり、同意してもらったりしてました。何かを解決しようというよりも、話をすることに、意義があったように思います。

私が参加しているフルートアンサンブルでも、飲みニュケーションまがいのことをすることがあります。最近は、メンバーも忙しくしているので、ほとんど無いのですが。。。

飲み方のときもありましたが、お茶会のときもありました。こういう会があると、練習のときにはできない、突っ込んだ話になったりもするので、みんなの距離間が縮まりますね。練習に集まるだけでは、話する時間が少ないのですね。

このように、お酒を飲んでも、飲まなくても、集まっても、指しでも、相手と話をすることが大切なんですね。

さて、新入社員の頃、当時の部長との会話は苦痛でした。飲んでも、飲まなくても。

なぜか?

それは、彼は答えにくい質問が多かったのです。
もちろん、学んだことも非常に多く、私も考え方に、多くの影響を与えた方だと思っています。

彼の目的は、若い人の声を以て、会社を改革しようと考えていたのではないかと思います。そういう目的で雇われてましたし。

えっと、話が逸れましたが、飲みニュケーションが嫌がられるのは、上司と部下など、強い主従関係のように、利害関係が強い人と飲むという行為が敬遠されるのでしょうね。お説教くらったりするでしょうし。

あとは、酒癖の悪い人がいたりとか、場違いに騒いだりする人がいたりとか、単純に面倒とか、いろいろあるでしょうね。

飲みニュケーションは、いい面も、よくない面もありますが、仲良くなり、水魚の交わりとなることもあれば、犬猿の仲になったりすることでしょう。

要は、何でもそうですが、物事の悪い面に焦点を当てれば、悪いものになり、よい面に焦点を当てれば、よいものになる。ということではないでしょうかね。

つれづれなるままに2

チャネラーって儲かるんですね。

報道によれば、1億3千万円の所得隠し。年間5000万円の所得があったのだとか。
個人事業主と考えれば、単純に、年間5000万円の売り上げがあると考えられそうです。

仮に、経費が半分かかっていたとしても、利益は2500万ですね~。商売柄、実際の経費は、もっと低く抑えられるでしょうから、もっと利益がありそうですね~。

チャネラーって、ある意味、人の道を説く職業なのですから、やるべきことはやれよ!と思うのです。聖人君子を求めても仕方ないのですがね、それを求める虫が出てきましたよ(笑)

「人間だもの!」といえば、そういうことでして、人間のやることですからね。誤魔化したり、ズルしたり、人の道を説く人であっても、そういうことをするわけですね。

私たちがあろうとする姿は、どういうものなのでしょうか?人それぞれ違うと思いますが、私たちのあろうとする姿は、公に反映されていき、街づくり、国づくりへと、つながっていくと思うのです。

ですから、まず、スタートは、人づくりからではないでしょうか。それは、世の中に役立つ人材とか、自分の外の世界のための人づくりではありません。

あなたは、どのような姿勢で生きていきたいのか?そのうえで、あなたは、本当は何がしたいのか?
まずは、そこからでしょう。

そして、そういったことが情熱をうみ、人々を巻き込むことになり、ひいては、世の中に影響さえ与え、さらには、街、国にまで波及してしまう。

こういったベクトルが、これからの新しい時代に、必要になってくるでしょう。

誰かに与えられるのではなく、自ら想い、考えていく時代へ、それは、子どもたちから、その親たちから。

私もまた同じです(笑)

つれづれなるままに1

希望の党の小池さん、
代表辞任なんですね。

小池さんの辞任に怒り心頭
とかって報道されていますけど、
ますますもって、真の目的は、
民進党の右巻き、左巻き勢力の分離
民進党の解体にあったのではないか?
と確信してしまうのです。

さしあたって、
枝野氏についていったグループと、
それ以外に別れ、それ以外の方々は、
日和見のような状態に見えますね。

野党が小さく小さく幾つも分離すれば、
自民党がより利することになるので、
大勝して当たり前なのです。

仮に投票率が上がったとしても、
あの状態では、自公がやはり勝ったでしょうね。

さてさて、
選挙にいって政治家を育てよう!
とかいう方がいるとか、いないとか。
選挙にいったら、どのようにして、
政治家が育つというのでしょうかね?

選挙も、所詮は人気投票です。
本当の実績がどうであれ、
知っている人に投票しませんか?
有名人に投票したほうが、
知らない人に投票するよりいい
と思ってませんか?

選挙に行って政治家を育てるなどと言う前に、
自分たちの成長が先だと思いますが、
いかがでしょう?

自分たちの成長とは何だ?
というツッコミは無しでお願いします(笑)

思いつくまま4

「人気商売だからね。」

そのフレーズを聞いて、
人前に出て、何らかのパフォーマンス、
または、
人前にでなくても、何らかの表現することを
生業にする人は、
みんな人気商売なんだな~と思いました。

例えば、
音楽家、画家などの芸術家、
サッカー、野球などのスポーツ選手、
政治家、セミナー講師、塾講師、
トレーナー、料理人などなど。
みんな人気商売といえば、人気商売だな~と。

人気になる以前は、
もてる能力を精一杯発揮して、
その時点で最高の表現をしたと思います。
その結果が、現在の人気につながっている
というわけですね。

ところが、日本人というのは、
人気が出て(出過ぎて)、
その後になって、実のところは、
パフォーマンスが低下していたとしても、
人気があるというだけで、
支持されることが、
往々にしてあると思います。
人気が信用力につながっているのですね。

そして、それが、
日本人のブランド信仰に
つながっていくのでしょう。

一方、それを逆手にとって、
キャッチャーなことを繰り返して、
人気が出て、信用力を得れば、
人がついていくわけですな。
そうやって、ある一種のブランディング戦略
ができるわけですね~。

おや、もしかすると、
新興宗教の教祖様も、
同じことかもしれませんね~。

人気だけに目を奪われず、
その物事の本質的な良さを見抜く
目利き力、審美眼といった力が、
これからの時代に
もっともっと必要になってくる
かもしれませんね。

目利き力、審美眼は、
いいものをたくさん見て、
いいと感じる感性を養っておくことが、
重要なんだそうです。

たくさんの人、物、事にであって、
いいと感じる心を大事にしたら
良いのでしょうね。

思いつくまま3

自分で主催すると、
フツフツと湧き上がってくるものが
あるものです。

どんなことやったら、楽しんでもらえるかな?
とか、
何人来てくれるかな?
とか、
こんな内容でいいのかな?
とか、
いろいろな感情が沸き起こります。

ある人の話では、
やはり、いろいろと葛藤があったようで、
最近になってようやく、
気にならないようになったのだそうです。

それを聞いて、いつの日か
私もクリアできるのかな。
と思いました。

受ける側と主催側では全く違いますね。

仲間内で主催して役割分担するのと、
自分ひとりで主催するのとも大違いです。

それでも、ありがたいことに、
数回開催することができました。

試行錯誤しながら、
徐々に広げられたらと思います。

ところで、
最近、決断、破る、
というメッセージを頂きました。

うずうずしていないで、
殻を破りなさい。
そういう時期に来ている。
ということなんだそうです。

その意味は、なんとなくですが、
わかります。

この先の展開はますます早そうです。

今月は、いるもの、いらないもの
を整理する月間として、
来月以降に繋げたいと思います。

このブログも、
リニューアルしようかな。

思いつくままに2

選挙は自民党の大勝でしたね。

憲法改憲論議は進むのでは無いでしょうか。

世の中には、憲法9条を改正すれば、日本国独自の判断ができ、他国の意志に左右されないと考えている方がいらっしゃるようですが、本当にそうでしょうか?

有事の時、自衛隊は、米軍の作戦に応じて動くように設計されているようです。また、制空権は、米軍に握られていると聞かれます。

そういう状態で、憲法第9条だけ変えても、日本独自の判断ができると考えるのは、浅はか極まりないとは言えないでしょうか。

憲法第9条第2項は、第1項を受けてのものですか
ら、自衛権の行使のための戦力を保持すること自体は、問題ないと解釈出来ると思います。

そもそも、憲法前文は、日本国としての理念が記載されていると思っていますが、この前文があってこその条文なのです。

前文には、いいこと書いてあるなぁ~と、ちょっと感動を覚えました。

憲法第9条を改正するにしても、前文の内容に、どう解釈しても逸脱しない範囲の条文に留めることが妥当では無いでしょうか?

あとは、法というものは運用です。厳格すぎる運用は、秦のように滅びます。逸脱した運用は遵法理念が崩壊します。つまり、運用はバランスなのです。

さて、憲法前文の「名誉ある地位」とは何をもって示すのでしょうか?

たとえ、憲法第9条を改正した場合であっても、日本国は、どのような国であろうとするのか?どのような国であり続けようとするのか?

そういったことの議論が一切なく、改正賛成、反対と言っても、仏作って魂入れずの状態では無いかと思います。

これは、私たち一人一人の有り様にも関わってくることなんだろうと思います。

思いつくままに。

もうすぐ、衆議院議員選挙の投票日ですね。

自民党が圧勝だそうですね。
野党のドタバタ劇をみていたら、自民党に投票したくなるのはわかります。

誰に投票すべきなのか、わかりかね、投票に行ったところで何も変わらないかもしれませんが、投票に行かないと、やはり変わりませんね。

いい政治家がいないのは、国民に責任があると仰る方がいました。これは、日本のサッカーが思うように成長しないのは、サポーターが甘いからだ!と似たような話ですね。では、野球がWBCで世界一になったのは、ファンが選手を育てたのでしょうか?

かつて、細川護煕氏が首相になって、連立政権をくんだとき、世の中は良くなったのでしょうか?

かつての民主党に期待して、民主党が政権を担ったとき、国民は、世の中が変わると期待したはずです。しかし、良くなったと実感することなく、大震災が起こりました。

さて、そもそも、日本がどのような国であればよいのか?どのような国であろうとするのか?ということを考えたことがあるのでしょうか?

明治が始まって、西洋の技術に追いつけ追い越せ。不平等条約を解消する。それはそれは大変な苦労をされたことと思います。しかし、当時の世界のいわゆる一等国となったとき、かつての日本はどのようにあろうとしたのでしょうか?

また、いにしえの日の本は、隋、唐などに学び、それらを吸収したあとの日の本は、どうあるべきなのか?と考えられていたのでしょうか?

通常、為政者は、自分の、自分たちの地位を守るため、余計な知恵はつけさせません。
しかし、幕末にあっては、町人、農民レベルにまで教育していたと聞きます。

「人は石垣、人は城」と、武田信玄は言っていたそうです。つまり、人が世の中を左右するのです。

しかし、どうでしょう。いくら優秀でも、思想が悪いと、組織を滅ぼし、集団を滅ぼし、会社を滅ぼし、国を滅ぼします。

小手先のスキルのみならず、私たち自身はどうあるべきなのか?人としてどうあるべきなのか?
そんなことの思想の共有が、国つくりに影響していくのではないでしょうか?

国民の責任の捉え方になりますが、私たちが、私たち自身の人生を生きるという責任の持ち方が、ゆくゆく、政治そのものを醸成していくのかもしれません。