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返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

価値の一つについてだらだらと。

未だに結婚に価値を見出せない。

そう言った方がいました。
その方は夫婦仲はいいそうなのです。

他にも、何で結婚て話になるのですか?
結婚なんて形だけでしょう?
パートナーとの仲が良ければ、それでいいじゃないですか?違いますか?
そう言った方もいました。

さて、結婚の価値ってなんなのでしょうか?

社会的な信用が上がるとか、古い会社なら出世が早くなるとか、ただ単に、いつまでも一緒にいたいとか、結婚は人生の墓場とか、経済的支えとか、いろいろな考え方があるでしょうね。何が価値と思うかは人それぞれですね。

そして、実際に結婚したら、別々の世界観を持っている者どうしが生活を始めるので、たとえば、些細なトラブルがあったり、それが連続したり、子供が産まれたら、教育方針とかの違いがでてきたり、いろいろな現象が起こりますね。
さらに、互いの両親が乗り出してきたら、もっと複雑化してしまうかもしれませんね。そんな状況になってくると、何のために結婚したのか?何で一緒にいるのか?という疑念が生じますね。

現在の形の結婚制度は、明治以降に作られたという話がありますが、それ以前の結婚というものは、どうだったのでしょうかね。

時代が進んで、結婚制度が今のものと違ってきた
ら、例えば、いま巷で騒がれている不倫で叩かれるということは無くなるのかもしれませんね。

ですが、人の喜怒哀楽は、時代が変わっても、そうそう大きく変わらないでしょうから、泣く人はいるかもしれませんね。

さて、今の結婚制度では、夫婦間の縛りが強く感じることもあるでしょうが、一昔前と比べると、離婚も普通になってきました。

だから、なおのこと、結婚することに利点があるのか?結婚することのメリットは何なのか?と思うわけで、実生活での利点は少なく感じるかもしれません。

財産、相続の話は、それをしだすと、ややこしいことになるので、それは専門家に任せたいと思います。

ところで、結婚すると、多くに場合、一つ屋根の下で、他人と一緒に生活を始めますね。そうすることで、相手をよく知ることになり、いずれ自分のことも知るところに至ります。

子どもが産まれたら、子供を通して、親だったり、他人の有り難みだったりに感謝を覚えますよね。そして、人としての成長だったり、魂が磨かれていったりして、内面の進化が促されたりするのかもしれませんね。

これは、楽しいこと、嬉しいこと、ばかりでなく、怒りに思うことや、悲しいと思うこと含めてトータルでやってくることですね。

そういったことは、結婚という形をとらなくたってできるじゃないか?ということもあるでしょう。

はい。そうだと思います。

ですが、私たちは、いま現在の制度の中でできあがった観念の中で生きています。その観念を通すからこそ湧き上がる感情を体験し、気づきが得られるすることがあると思います。

窮屈と思う体験や、窮屈な中で、お互いを思い量ったり、すりあわせる努力をしてみたり、強い結束が生まれたり、一方で、離婚に至ったとしても、離婚までの経緯や、実際の離婚という体験を通して、人の深い負の感情を理解したりすることは、貴重な体験だと思います。

100ある体験のうち、100の全てが均等に楽しいことではないと思いますが、面白く無いことでも、どうやって楽しさを見いだすか、それを互いにどうやってしていくか、ということも価値の一つに数えられるかもしれません。

目先の利益のみだけでなく、自分の魂を輝かせるための選択。必要で選択した道。日々の選択。
その選択をしたそれこそが、結婚という形をとって得られたの価値の一つと言えるかもしれません。

結婚は単なる制度に過ぎないので、結婚する必要が無いと思う方は、結婚しなくてよいのです。本当は結婚自体に価値が全く無いのかしれませんしね。

これを男性目線、女性目線から切り取ったらどうなるのでしょうかね?

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

区切り

まだ元気だったトム。↓
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昨日の午後3時頃、天寿を全うしたようです。
17年前の4月に出会ったトムは、17年後の4月に臨終しました。

トムは親がネグレクトして、拾われた3匹のうちの1匹。うち、1匹はすぐに亡くなり、生き残ったうちの1匹。それでも拾われた当時は、衰弱しており、エビオス錠を砕いて粉末にしたものをミルクに混ぜてあげたり、元気になったと思ったら、おしっこが詰まったりして、病院に連れて行ったり、去勢手術のために病院に連れて行ったりしてました。
トムは人なつっこい猫でした。

そこを離れてから、トムと接する機会は、減ってましたが、彼は、先住猫を見送って、兄弟猫を見送って、最後まで頑張った猫でした。

そして、土曜の午前中、トムの顔を見てきました。衰弱しきっておりましたが、顔を見たら、トムは目の輝きを一時的に取り戻したようでした。
トムに労いの声をかけ、感謝を述べて、帰ってきました。

その後、義弟がトムに会いに来て、帰った後、大往生となったようです。

お疲れさまでしたトム。


今回のトムの大往生だけでなく、最近、一つの区切りに感じるの出来事が続くなぁと思うのでした。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

どうしたいのか?

あなたはどうしたいの?

これは困った質問です。
なぜ困った質問なのでしょうか?

一つには、自分を基準として考えてないから。言い換えると、自分のこととして考えていない。または、自分軸で考えていない。ということが考えられます。

どうしたいの?は、人生でしたいこととか、大きなことではありません。

何を食べるか、食べないか、そこに行くか、行かないか、するか、しないか、続けるか、止めるか、そのような日常の選択一つ、どうしたいの?ということですね。

あなたのしたいようにしてもいいよ。
という選択も、どうしたいの?
の答えとして、有りだと思いますが、
後になって、不平、不満、文句を言わないことです。
たとえ、言ったとしても、決めたことは、最後までやりとおしたほうがいいでしょう。

どうしたいの?という答えを、
気まぐれで決めるのも、有りだと思いますが、
他人を振り回すことが無いようにしたほうがいいでしょう。この場合、知らず知らずのうちに、
他人を振り回していることが多いかもしれません。

どうしたいの?という答えが既に決まってて、
他人に相談して決めるという場合もあるでしょう。
他人に相談しても、決めるのは自分です。
上手くいかなくても、相談相手のせいではありません。

結局、どうしたいの?の答えは、自分の中にしかなく、自分を見つめることがないと、難しい質問になってしまうのでしょうね。

私?
パートナーと関わる場合、「で、あなたはどうしたいの?」という質問の答えは難しいことが多いですね(笑)

今日もお読みいただきありがとうございました。

日々の積み重ね

在り方、在り方なんて、簡単に口にするけど、そんなに簡単に定まるものでもないのだろう。

在り方を思うとき、在り方って一体何なのか。
在り方は、生き方そのもの、考え方そのものに行き当たるのではないだろうか。

これまで、どういう人生をたどってきたか、それを振り返ってみる。人生の長さはあまり関係なく、何を思って行動してきたか、何を思って決断してきたか。

全ての判断、行動はポジティブなことだけでも無ければ、ネガティブなことだけでも無いだろう。
決断や、行動してきた根源となるものはなんだったのか。それを辿っていったいったとき、これまでの自身の在り方がわかる。

だからといって、これまでの在り方が、未来の在り方と同じであるかといえば、そういうことでは無さそうだ。こうでありたい、こうであろうとする、その在り方は、これからの自らの手で、作り上げることができるから。

これからの在り方は、これからどのように生きていきたいのか、ということにかかわる。

それは、何も難しく考えることはない。難しく考えることは、実は単なる思考の領域を出るものではない。頭で考えるよりも、自分の中を省みたとき、どう感じているかを観察することだ。

そうしていくうちに、自らの本質的なところに迫っていくことになる。

つまり、日々の暮らし、営みの中で、感じていることを掴み、ではどうしたいのか、ではどうしていくのかということに思いを馳せ、実際に行動に移してみて、さらにどういうことだったのかと気づき、それを積み上げていくことで、ありたいと願う在り方に到達していくのだろうと思う。

私? まだまだの存在ですよ(笑)

父性&母性

父性と母性。一体何が異なるのでしょうか?

一つの考え方としては、父性というのは、区別を付ける、切り分ける、というものだそうです。
一方、母性とは、受容する、保護する、というものだそうです。

また、子育てにおける父性とは、社会的ルールや、我慢を教える性質のものであり、母性とは、無条件に受け入れる性質のものなんだそうです。

これだけみても、父性と母性の性質は異なることがわかりますね。ちなみに、一般論として、父性は父親に期待される性質で、母性は、母親に期待される性質のようです。

そうすると、父性の強い人というのは、しつけや、ルールを守らせる力の強い人、母性の強い人は、愛情いっぱいに包み込む力の強い人といえそうですね。どちらの場合も、通常、当然に、愛溢れて接しているわけですが、その方向性が異なるように思えます。

さて、ある書き物によれば、子育てにおいて、まず、母性による愛情を目一杯注いだ後で、父性によるしつけや教えるを注入するのがいいそうです。

これって、相手の話を受け入れた後で、切れ込んでいく、というのに似ているように思えます。つまり、まず母性を発揮して、相手のラポールを勝ち取った後に、父性を発揮して本題に移り、相手に考えさせるみたいな感じですね。

もしかしたら、母性が強すぎると、何でも手を出してやってしまったり、父性が強すぎると、責めが厳し過ぎたりするのかもしれません。

たとえば、社員教育も順番とバランスが重要で、それが丁度よい感じで進めると、いい感じに人は育つのかもしれませんね。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。

男性性と女性性

よく聞かれる男性性と女性性とは何でしょうか?

男性性に分類される性質とは、論理的、思考的、統率力、決断力、攻撃的などが挙げられるそうです。

女性性とは、感情的、直感的、共感力、柔軟性、包容力などが挙げられるそうです。

以前に、このブログで、男性は縦の世界を思考し、女性は横の世界を指向すると書きました。上記の分類は、やはり、縦の世界と横の世界を指向しているように見えます。

さて、一部のあいだでは、今までの世界は、男性性の強い時代で、これからは女性性の強い時代だと言われています。これはどういうことでしょうか?

たとえば、今までは、一人のカリスマがいて、そのカリスマに、無条件に近い状態でついていく、カリスマもグイグイと引っ張って成し遂げていく世の中だったかもしれません。

とすると、これからの時代は、共感力を持った一人一人が集まって、みんなで力を出し合って成し遂げていく世の中になるのかもしれませんね。

宇宙の法則の一つは自由意志が尊重されているとのこと。自由意志が尊重されているということは、それに伴って、責任がつきまとうということ。つまり、発した意図が返ってくるということ。

そうすると、女性性の時代というのは、一人一人の自由意志が発揮しやすくなるぶんだけ、一人一人の責任も重くなるということになりそうです。

ですが、一人一人の自由意志が発揮される個々の霊性が高いのであれば、素晴らしい未来が約束されているといえるかもしれません。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。

ご報告

第1回目の「気づきの分かち合いお茶会」、6人の気の置けない仲間にお集まりいただき、無事に開催できました。

 

今回のテーマは、何に対して嬉しいと思うのか、どういうときに怒っているのか、何が悲しいと思うことなのか、楽しいと思うのはどんなことか、つまり、「喜怒哀楽」です。

 

自己紹介ゲームをした後、気づきのワークに移り、その後、シェアしあうという流れです。

 

まず、ワークシートに、「喜」「怒」「哀」「楽」に対する感情が、どんな出来事が起こったときに発せられるのか、またそれに対して気づいたことなどについて書き込みます。書き込みが終了したら、ペアを組んで、お互いの喜怒哀楽についてシェアを開始します。その後、ペアを組んだ相手の喜怒哀楽について、みんなに発表していきます。一通り済んだら、ペアを組み直して、この作業を繰り返します。

 

相手のことを聞くことで新たな気づきが生まれ、ペアを組み替えていくことで、また新たな気づきが生まれるようでした。また、向き合いたくない感情は、書き込むものも少なくなるようでした。シートに記入して感情が起こる源をアウトプットし、それをシェアするという作業は、普段見ることのない自分の片鱗を垣間見るようで、やはり、有意義なものだと思いました。

 

「喜怒哀楽」も4つの感情がどのようなときに生じるのかは、人それぞれですが、「喜」と「怒」は、主に人との関わりにおいて発せられる感情であり、これらは互いに相反するものであること、「哀」と「楽」は、主に個人の範疇において発せられる感情であり、これらは互いに相反するもののようです。そして、「喜」と「楽」はリンクづけられるものであり、「怒」と「哀」はリンクづけられるもののようでした。

感情は複雑なものであり、完全に4つだけに切り分けられるものでないのは当然ですが、「喜怒哀楽」がどのように構成されて、どのように関連付けられているのかが、実際にやってみると、よく分かりますね。

 

また、感情をアウトプットして、互いに聞きあっていくと、女性が感じることと、男性が感じることでは、やはり異なるようです。たとえば、動植物を含めた他者に対する慈しみの念というような感情は、女性には出てきても、男性には出てこなかったのはとても興味深いことでした。

 

今回のイベントは、3時間でしたが、あっという間に過ぎてしましました。

 

今回、嬉しいことに、ご好評いただきましたので、次回は、男性と女性との感性や感覚の違いといった点にフォーカスして、第2回を開催する運びとなりました。

 

今回開催するに当たって、みんなの支えがあってこそのイベントだなと、改めて思いました。感謝の気持ちでいっぱいです。

 

今回ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。