返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

思いつくまま5

変わるタイミングというのは、恐れを伴うもの。

本当にそれでいいのか?そっちに行っていいのか?って。変わって大丈夫なのかって。

でも、変わるタイミングって、変わらないままではいられない。変わるタイミングでは、沢山のワクワクを抱えながら、ドキドキも秘めていたりもする。

こんなことは、単なる日常に起こり得ること。スピリチュアルな人とかなんとかという安っぽい言葉で片付けるものではないのよね。

変わるタイミング=変われるタイミング。
変わってもよく、かわらなくてもいい。
変わるほうに動いたら、今まで見たことのない世界が見えるかもしれないし、変わらないほうに動いたら、いま今安定していると思っている世界が続くかもしれない。

どっちのラインが面白そうか?
ただそれだけの理由で選んだらいい。
算数みたいに正解は無く、何が正解なのかもわからない。

人生失敗した(;´д`)と思ってみても、人生には逆転があるかもしれない。そう、何が起きるかわからない世界。ならば、面白そうなほうに動いてみたほうがよさげに見えるだろ?

そんなとこ言ったって、上手く行かなかったら、どうしてくれるんだ!って思うかも。

・・・

・・・

うーん。どうしてくれるのは自分だし、自分でどうにかしようとする人には何かしらのお助けが入ったりするものですよ。

それも、日常の行いから始まっているのです。

最終的にあなたを助けるのも、あなた。
最終的にあなたを救うのも、あなた。

とにかく、あなたがあなた自身を信じられるのならば、変わるタイミングで変われるし、変わっても、なんでもないことなのです。

最も、変わるなんて、いつの間にかのことなんですけどね。

つれづれなるままに5

成功者がいるということは、失敗者がいるということになる。

成功者になりたい!という人は、失敗者になりたくないということになる。

成功者になりたいという人は、何を以て成功者というのであろうか?あなたのいう成功者とは、どういう人が成功者なのだろうか?

お金持ちということなのだろうか?
名誉を欲しいままにすることができた人であろうか?
自分のしたいようにして、生きていくことができるようになるということであろうか?
人の上に立って、誰かを自由に操るということであろうか?

例えば、物欲はもう無い!と言いつつ、成功者になりたい!つまり、物欲を超えた成功者というのは、どういう世界なのだろうか?

「成功者」という耳障りのいい言葉に翻弄されないようにするのだ。

自分を見失うな。他人の言葉に惑わされるな。

足元を見て、ただただ歩のだ。

ヒーラーとヒーリー

昨日は、「気づきの分かち合いお茶会」を開催しました。
その後、ライトアップされた六義園を見学して、「ナーリッシュ」さんにて、忘年会という流れ。

「気づきの分かち合いお茶会」は、今年の4月から始めて、不定期に開催していますが、結果的に、およそ2ヶ月に一度の割合になってます。
なので、昨日が5回目でした。

この会を継続開催できていることに感謝です。本当に参加者の皆さまのおかげです。
いつもありがとうございます。
また、この会を開催するにあたり、サポートしていただいている存在たちに感謝いたします。

この会を始めたこと自体は、今年のマイ十大ニュースですね(笑)

この会のコンセプトは、アウトプットしあって、何らかの気づきを持ち帰って頂き、また新たな気づきを得ていくというものです。つまり、気づきの循環ですね。

これまで、いつも直前に、アウトプットしあうための何らかのテーマを決めていたのですが、昨日の会では、全く浮かばず。なので、フリートークにしました。

ところが、昨日は、定刻に集まる方は少なく、遅れます。という連絡が多数。
かえってテーマを決めなくても良かった!ということに。
毎回思うのですが、上手くできているんだなぁ~と思います。

さてさて、この会で感じた最近の気づきをシェアしてみたいと思います。

それは、第4回からの参加者(Nさん)と、第4回に久々の参加者(Yさん)との関係が、ヒーラーとヒーリーの関係になっているということ。

Yさんがヒーラーで、Nさんはヒーリーです。
Yさんは、Nさんを癒やして、Nさんを楽にしているのですが、Yさんは、Nさんを癒やすことによって、Yさん自身も癒され、勇気づけられているのですね。

その結果、Yさんは、満を持して、いよいよもって、ご自身のやりたいこと、やるべきと思っていることに、着手しそうです。最も、Yさんが自分自身で、制限を設けなければですが(笑)

それから、Yさんをみていたら、NさんによってYさんを活かす機会が訪れて良かったと思うのと同時に、私自身の恐れ、不安、自身の欠如といったようものを、もうそろそろ手放していく時期にきているのかもしれません、と思いました。。。

また、この会は、私が自分で何かをしようとしなくても、場を設けただけで、必要な人が集まり、必要な化学変化を起こしていく。
この会の方向は、こんな場になっていくのだな!ということを、まざまざと、目の前で起こっていくのです。
気づきの循環とは、こういうことなのかもしれませんね。そして、本当に流れに任せて委ねる、ということも、こういうことなのかもしれません。

ある講座を主催している経営者のある方が常々仰ってました。
「私は、時と場所を設定するだけ。あとはそれに必要な人が来るだけ。設定を間違ったら、人は集まらない。」のようなことです。

それは、私も5回をとおしてハッキリと分かりました。この会もそういうことになっているのだと。

さらに、私にとっては、ふってわいたようなことが。それは、新たな開催場所が見つかったということです。なので、次回から、この会は、場所を変えて開催したいと思います。

また、場所が変わったら、新たな展開が待っているでしょうね。楽しみに待ちたいと思います。

次回からも、どうぞよろしくお願いします。
f:id:Kissaed:20171203171949j:plain

メッセージ

誰かがあなたを変えてくれるのではありません。

あなたを変えるのは、あなた自身なのです。

変わりたいと思うあなたを、誰かが変えてくれる手助けはしてくれます。

その手助けを活かすのも、活かさないのも、あなた自身なのです。

あなたが、誠実であればあるほど、あなたをサポートしたいと思う人が現れます。

自分自身に誠実であること。

自分自身に信頼を寄せること。

それは、時として、慢心が生じることもありますし、時として、傲慢になることもあります。

ですが、自分自身の価値を、自分自身で下げるよりは遥かにマシです。

あなたの本質は素晴らしいのです。

何をするか?何をしたいのか?本当にしたいことは何なのか?ということも、もちろん大事です。

それよりか、何をするのか?のまえに、その欲求は、どこからもたらされるものなのか?つまり、どこの根元から発するものなのか?のほうが、より大事なことなのです。

なぜなら、根元の思想次第で、何をするのか?の向かうベクトルが、180度違うものになるからなのです。

つれづれなるままに4

日馬富士が引退しましたね。

いろいろな情報が飛び交って、マスメディアを賑わしているようですが、少なくとも、貴ノ岩に手を挙げたことだけは事実なのでしょう。

手を挙げたくなる事情があったにせよ、お互い度が過ぎたのかもしれません。友人間でも、ちょっと小突く程度のことはありますが、お相撲さんの力では、勢い余って、ホッチキスで止める必要があるほどの傷となったのかもしれませんよね(笑)

冗談はさておき、「喧嘩両成敗」という言葉があります。簡単にいえば、喧嘩をした者は、両者ともに罰する処罰することです。

伝統を重んじるというのならば、日馬富士だけ引退処分にしないで、貴ノ岩にも処罰したらどうかと思います。ついでに、監督責任がある両親方も。

最も、日馬富士は傷害罪の疑いがかけられていますので、処分は、日馬富士のみというのが、現代の妥当な処分なのでしょうね。

つれづれなるままに3

飲みニュケーションについて、日本生命保険が調査した結果が、ニュース記事ででていました

必要と答えている人は男性で60%超、女性で50%超のようです。年代が上がるにつれ、必要と回答する方が多いようです。

最近は、職場の人と、「敢えて」飲みに行くことは、ほぼ皆無となりましたが(私は)、若い頃は、先輩によく連れて行ってもらい、奢ってもらったりもしました。

奢ってもらうのは多少気が引けましたが、当時、オレ達も先輩たちに奢って貰ってきたから、順繰りだ!みたいなことを言っていましたね。

当時は、先輩に、仕事上の愚痴とか、会社の不満とか、ぶつけてたように思います(もちろん言える人にです。)。それで、諭されたり、同意してもらったりしてました。何かを解決しようというよりも、話をすることに、意義があったように思います。

私が参加しているフルートアンサンブルでも、飲みニュケーションまがいのことをすることがあります。最近は、メンバーも忙しくしているので、ほとんど無いのですが。。。

飲み方のときもありましたが、お茶会のときもありました。こういう会があると、練習のときにはできない、突っ込んだ話になったりもするので、みんなの距離間が縮まりますね。練習に集まるだけでは、話する時間が少ないのですね。

このように、お酒を飲んでも、飲まなくても、集まっても、指しでも、相手と話をすることが大切なんですね。

さて、新入社員の頃、当時の部長との会話は苦痛でした。飲んでも、飲まなくても。

なぜか?

それは、彼は答えにくい質問が多かったのです。
もちろん、学んだことも非常に多く、私も考え方に、多くの影響を与えた方だと思っています。

彼の目的は、若い人の声を以て、会社を改革しようと考えていたのではないかと思います。そういう目的で雇われてましたし。

えっと、話が逸れましたが、飲みニュケーションが嫌がられるのは、上司と部下など、強い主従関係のように、利害関係が強い人と飲むという行為が敬遠されるのでしょうね。お説教くらったりするでしょうし。

あとは、酒癖の悪い人がいたりとか、場違いに騒いだりする人がいたりとか、単純に面倒とか、いろいろあるでしょうね。

飲みニュケーションは、いい面も、よくない面もありますが、仲良くなり、水魚の交わりとなることもあれば、犬猿の仲になったりすることでしょう。

要は、何でもそうですが、物事の悪い面に焦点を当てれば、悪いものになり、よい面に焦点を当てれば、よいものになる。ということではないでしょうかね。

つれづれなるままに2

チャネラーって儲かるんですね。

報道によれば、1億3千万円の所得隠し。年間5000万円の所得があったのだとか。
個人事業主と考えれば、単純に、年間5000万円の売り上げがあると考えられそうです。

仮に、経費が半分かかっていたとしても、利益は2500万ですね~。商売柄、実際の経費は、もっと低く抑えられるでしょうから、もっと利益がありそうですね~。

チャネラーって、ある意味、人の道を説く職業なのですから、やるべきことはやれよ!と思うのです。聖人君子を求めても仕方ないのですがね、それを求める虫が出てきましたよ(笑)

「人間だもの!」といえば、そういうことでして、人間のやることですからね。誤魔化したり、ズルしたり、人の道を説く人であっても、そういうことをするわけですね。

私たちがあろうとする姿は、どういうものなのでしょうか?人それぞれ違うと思いますが、私たちのあろうとする姿は、公に反映されていき、街づくり、国づくりへと、つながっていくと思うのです。

ですから、まず、スタートは、人づくりからではないでしょうか。それは、世の中に役立つ人材とか、自分の外の世界のための人づくりではありません。

あなたは、どのような姿勢で生きていきたいのか?そのうえで、あなたは、本当は何がしたいのか?
まずは、そこからでしょう。

そして、そういったことが情熱をうみ、人々を巻き込むことになり、ひいては、世の中に影響さえ与え、さらには、街、国にまで波及してしまう。

こういったベクトルが、これからの新しい時代に、必要になってくるでしょう。

誰かに与えられるのではなく、自ら想い、考えていく時代へ、それは、子どもたちから、その親たちから。

私もまた同じです(笑)