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返ってきたミトラ通信

おおいなる調和を目指してしなやかに生きる。

イベント

自分のイベントにどうしても来てほしいなんて思ってないんだな。開催するイベントが赤字でも構わない。そりゃ、黒字のほうがいいに決まってる。
でも、その人が今の時点で本当に大事にしているものがあるのなら、純粋にそれを大事にしてほしいと思う。それでその人の未来が開けるなら、嬉しいことはない。

自分が、相手に何かしてあげようなんて、おこがましすぎる。だから、自分で気づけるイベントを開催したいと思った。自分のイベントに来てくれるなら、例え一人なったにとしても、その人を大事にしたいと思う。

こんなこと言ってて、馬鹿じゃないか?と思われたっていい。みんな自分たちにとって最も大事なんだと思うことを優先したらよい。それがその人にとっての幸せになるのなら、喜んで応援する。

儲けは、その後の話でいいと思ってる。
ビジネスなんだから、損益分岐点とか考えろよ!
とか聞こえてそうだが、とりあえず、イベントが開催できるのが嬉しい。それに、参加できなくても、参加できません旨のメッセージを直接頂いたことが嬉しい。

もし、好評だったら、2回目以降も開催したいと思っている。

今日もお読みいただき、ありがとうございます!

「X」その2

「We are X」見に行ってしまいました。
なぜかというと、近所の映画館では、今月いっぱいまでだったから。

ちなみに、私はXのファンではありません。映画を見てもファンには至りません(笑)

それでも、映画は、最後まで飽きること無く、あっという間に終わってしまいました。私にとっては面白かったです。

表現者というものは、心の奥底から沸き上がってくる叫びというか、魂のレベルからそうしたい、そうするしかないというか、なんとも言えないパワーを発するのですね。
そして、表現者が発したパワーを受け取った聴衆は
それをまた表現者に返していくから、表現者は、外からもパワーを得て、さらに大きなものを伝えて行くのですね。
いやいやスゴイです。

それと、グループで一つのものを作り上げて表現していくというのは、結束の固さがやはり大事なことですね。自分たちが、いまもっている力を出し合い、ぶつけ合い、話し合い、聞き合い、それでやっと、メンバーの納得できる表現に達するのでしょうね。

もう一つ、純粋にどうしてもやりたいと思うことを持てること、それが継続できるって幸せなことなんだなと改めて思いました。

ファンがこの映画を見たら、また違ったものになるのでしょうね。

映画の帰り道、カラオケ寄って、Xの曲を歌ってみましたが、ハイトーン過ぎで、まともに歌えませんでした。やっぱり、アーティストは凄いですね。

とりとめの無い中味でしたが、今日もお読みいただき、ありがとうございました。

「We are X」見に行ってしまいました。
なぜかというと、近所の映画館では、今月いっぱいまでだったから。

ちなみに、私はXのファンではありません。映画を見てもファンには至りません(笑)

それで、映画は、最後まで飽きること無く、あっという間に終わってしまいました。

表現者というものは、心の奥底から沸き上がってくる叫びというか、魂のレベルからそうしたい、そうするしかないというか、なんとも言えないパワーを発するのですね。
そして、表現者が発したパワーを受け取った聴衆は
それをまた表現者に返していくから、表現者は、外からもパワーを得て、さらに大きなものを伝えて行くのですね。

それと、グループで一つのものを作り上げて表現していくというのは、結束の固さがやはり大事なことで、自分たちがもっている力を出し合い、ぶつけ合い、話し合い、それでやっと、メンバーの納得できる表現に達するのでしょうね。

もっとも、背景にあるものは、他人が計り知れない深いものがあるはずですけどね。

もう一つ、純粋にどうしてもやりたいと思うことを持てるきと、それが継続できるって幸せなことなんだなとあらためて

「X」

「X-JAPAN」ご存じの方多いですよね。

 

Xが流行っていたころ、カラオケに行っても、身の周りでXを歌う人がいなかったこともあったせいか、私はあまり興味がなかったのですね。もちろん、Xは知ってましたし、ドラムすげぇな~、とか、普通に思っていました。いつだったか、紅白にも出てたようにも思います。

 

それで、つい先日、カラオケで、流れでXの曲を1曲歌うことになって、歌えるかなと思って選曲してみたものの、曲をうろ覚えだったために、まともに歌えず、結局途中で止めてしまい、最後まで歌わなかったのです。

 

今日は、髪をカットしに、いつもの美容師さんのところで出かけて行きました。そしたら、Xの話になり、美容師さんは、昔々、Xのファンクラブ会員だったのだそう。当時、Xのライブにも結構行ったそうです。それで、いま公開している映画「We are X」を見にいき、映画を見ては涙したそうです。

 

つい先日、カラオケでXに触れる機会があった矢先に、すぐにXの話題がやってくるなんて、うまいことできているなぁと思いました。

 

さて、帰ってきて、Xの有名な曲をYOUTUBE見ながら歌っていたのですが、TOSHI(いまはToshlというんですね)歌声がハイトーンですごい!というのもあるけど、それ以上に、歌っている歌声の勢いというか、気持ちの入り方というか、歌詞の一言一言に込められた力というか、プロっていうのはひと味もふた味も違うなぁ、何かが伝わる歌っていうのはこういうことをいうのかなぁ、と思ったのでした。

 

そして、歌だけでなく、上手いか、下手かではなく、パッションを持って生きることが大切なんだなと思うのと同時に、これが足りていないのだとも思ったのでした。

これって、上手いか、下手を基準にしていることの裏返しか?とも思いました。

 

というわけで、どこまで行っても未熟者の私です。

 

今日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

思いこみか。聞いていないのか。

すれ違い。

相手に伝えているつもりでも、全部伝わってなくて、半分くらいしか伝わっていない。
残りは、伝えられた人の想像。

だって、相手は相手のフィルターを通して、こっちを見ているから。

だから、よく話するしかない。相手の言い分を聞こうとするしかない。対話するしかない。それですりあわせるしかない。

「そんな話聞いてない。」
支障をきたす範囲だったなら、とても憤りを感じるだろう。それほどでもなかったら・・・。

いずれにしても、そのときに、どう対応するのか。それが問われるよね。
感情をぶつけるのも手だけど、相手と対立を生むかもしれない。
一方で、感情をぶつけたことでわかりあえることもある。
対立を避けて、黙ってるのも鬱積してしまうし、黙ってるいるうちに、時が解決することもある。

どう対応するのがベストか?
その答えは外には無いし、外の答えを採用したところで、ベストかどうかは分からない。

外の答えと自分の答えが一致することもあるかもしれないだろ?
そうだね。でもね、その答えは、結局は、自分の中にあった答えなんだよね。

すれ違いをどう埋めるのかも自分で見つけることなんだね。
そもそも、何故すれ違ったのかを観察することも大事なんだよね。

周りに目を向ける。

仕事の帰り、駅ビル入り口に、男性の長蛇の列。
こんな時間に、こんなところで、男性が何の用?
と、近づいてみると、スイーツらしきものを売っているではないか?

人気店なんだね~。と呑気に横を通り過ぎていくと、「3.14 white day」なる表記が目に飛び込んでくる。

お~。ホワイトデイか~。世の男性諸君は、こんな時間に買い物とは大変だな~。とそれでも呑気に家路に向かう。

3月14日。もう3月も半ばなんですね~。そういえば、近所の植木の花も咲き始めているし、じきに桜も開花しますね~。

忙しさに負けず、周りに目を向けて、さらに感性を高めたいと思った夜なのでした。

今日もお読み頂き、ありがとうございました。

偵察がくる。

人気が出れば、偵察も増える。

 

イタリアンのシェフとのお話の印象。

かつて働いていた店舗では、当時、行列ができるイタリアン。3回転するのが普通。店舗をはしごするお客さんもいたそう。本人はひたすら作るという毎日。

そのための作業の効率化。最小限の動線の確立され、食材の配置は決められており、食材が無駄になることはない。そして、食欲をそそる上手い宣伝。

やはり、「流行る」ところはそれなりの理由があるということですね。

 

そして、当然、同業の方がお客様として、お見えになるそう。人気店だから当然ですよね。

シェフの話によれば、そのような方はすぐに見分けがつくようです。シェフはそのような方々に気が付いたら、声をかけることもあるようです。

 

人気店が何故流行っているのか気になりますし、相手がどんなことするから流行るのかついて知りたくなるでしょう。そして、どんなもんかお手並み拝見という方もいらっしゃるでしょう。同業でなく、他業種だって、例えば、接客という視点だったり、何らかのヒントを得ようとするでしょうし、素人でもいわゆるオタクのレベルに足している方はセミプロのようなものですから、「高みの見物」という立場でお見えになるかもしれません。

 

そういう方がお見えになるというのは、人気が出てきた証拠ですし、それだけ、「技」や、「腕」といったものが確かであるということが広く知れわたってきているということではないでしょうか。

 

人によっては、偵察とか高みの見物とかいう立場で来られるのが遠慮してもらいたいという場合もあるかもしれません。それなら、それなりの規模に留めておけばいいわけで、必要以上にお客をとらないという考え方もありますよね。

それでも、そういう人が来ないという保証はありません。

 

持っているテクニックやスキルをどのような人に提供したいのですか?

 

そのスキルやテクニックで、多くの人を楽しませたり、喜ばせたり、または救ったりしたかもしれません。

生意気な言い方ですが、どんな人が来ようと、愛をもって同じように接するというのが、本当のプロフェッショナルというものではないでしょうか?

 

いかがでしょう?

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。